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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)14360号 判決

原告 大西喜栄子

右訴訟代理人弁護士 近藤勝

同 内野経一郎

同 藤田一伯

右訴訟復代理人弁護士 安武幹雄

被告 日本住宅相互株式会社

右代表者代表取締役 出継録之助

右訴訟代理人弁護士 楠武治郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

原告は、被告は原告に対し、金四〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年一二月六日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

(請求原因)

一、被告は、月掛式建築供給事業を営む株式会社であるが、原告は、昭和四二年六月二八日被告との間において、総金額金四、五〇〇、〇〇〇円を五年間に毎月一〇〇、〇〇〇円づつ被告に積立てる契約(以下本件契約という)を結んだ。

二、原告は、本件契約に基づき被告に対し、昭和四二年六月二八日に第一および第二回分として、金一〇〇、〇〇〇円、同年七月二一日に、第三回分として金一〇〇、〇〇〇円、同年八月二二日に第四回分として金一〇〇、〇〇〇円合計金四〇〇、〇〇〇円を積立てた。

三、原告は、昭和四三年一一月三〇日到達の書面により被告に対し積立不能を理由として本件契約を解除する旨の意思表示および積立金四〇〇、〇〇〇円を同年一二月五日までに返還すべき旨の催告をした。

四、よって原告は被告に対し、積立金四〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年一二月六日から支払いずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

認める。

(抗弁)

本件契約は、原告が月掛をもって金一〇〇、〇〇〇円づつを積立て、一五ヵ月回の積立をしたときは、原告の請求により被告は原告に対し、所定の建築給付をし、給付後の積立掛金を増額するという内容である。すなわち、原告は、昭和四〇年五月二〇日被告の右契約に三年種(満期限三ヵ年、給付前掛金払込期間一二ヵ月)、三〇口(一口金額九〇、〇〇〇円)計金二、七〇〇、〇〇〇円の加入申込みをし、木造共同住宅建坪一二〇平方メートルの建築を着工昭和四三年五月として申込み、次いで同年六月二八日五年種(満期限五ヵ年給付前掛金払込期間一五ヵ月)、二〇口(一口金額九〇、〇〇〇円)計金一、八〇〇、〇〇〇円の追加加入申込みをし、先に申込んだ三年種を五年種に切替え合算し、建築建物の坪数を五〇坪、着工昭和四三年六月に変更を申込み、被告がこれを承諾したものである。

ところで本件契約には、(1)加入者が給付前掛金を引続き二ヵ月以上にわたり払込みをしない場合には、会社は、これを掛金継続の中止として、払込みをしなくなった月から起算して、六ヵ月を経過した後に解約の処理をする。

(2)前項の場合には、五年種のものにおいては、解約に基づく損害金として掛金額の第二回金までを会社が収納する。その余の掛金は、その加入種別の満期限後に実掛金より損害金を差引き無利息にて返還する。との特約がある。原告は、昭和四二年九月分からの掛金を支払わない。

したがって第一および第二回積立の金二〇〇、〇〇〇円は損害金として被告のものとなるから返還の義務なく第三および第四回分の金二〇〇、〇〇〇円の返還期は、満期の昭和四七年六月二八日であるから、まだ到来していない。

(抗弁に対する認否)

認める。

(再抗弁)

被告主張の特約は、左記理由により、信義則または公序良俗に反し無効である。

被告は、給付前払込期間一五ヵ月間は、建物を給付する義務を含め何らの義務を負わずに、原告から積立金を受取り、これを自由に利用できる利益があり、損害は全くありえない。それにもかかわらず金二〇〇、〇〇〇円も損害金として収納し、残掛金を五年先まで返済しないのは暴利を貧るものである。一方原告は、零細な居住需要者であり、生活に余裕がなく、しかも予め建物使用の利益がない。個々の消費者は大資本の約款を拒否する自由がないのに、加入者が前掛金の積立を完了しても、業者は給付契約の締結になかなか応じないことがあり、また被告会社が倒産した場合原告には損失に対する補償が期待できない。

(再抗弁に対する被告の主張)

原告の主張には、次の理由により賛成できない。

給付契約に至らないで中途で契約が解約されるときは、被告は、本事業遂行のための多額の費用(宣伝、勧誘、契約、集金等)の損失と請負契約による得べかりし利益の喪失という損害を被ることになる。被告は将来の建築給付義務履行のため資材を確保する資金を必要とし、給付時期における建築資材や工賃の値上りなどによる損失についても危険を負担している。一方加入者は、一定期間掛金を継続することによって直ちに建築給付を受け、残額は月賦をもって支払うことの利益を有する。

(証拠)≪省略≫

理由

一、請求原因事実および抗弁事実とも、当事者間に争いがない。

右の事実によれば、本件契約は、原告が被告に対し、一五ヵ月間金一〇〇、〇〇〇円づつの積立を完了して、予め予定した建築給付の申込みをするときは、被告は原告に対し、その申込みに応ずる建築給付をし、更に原告は被告に対し、所定の期間増額をした掛金を支払うことを約したものであるから、いわゆる請負供給契約である。原告の支払う建築給付前の掛金は、被告の建築請負に対する代金の前払いであり、建築給付後の掛金は、その代金の後払いであり、原告は被告に対しこれら掛金の支払義務を負い、一方被告は、原告の建築給付の申込みに応じ、原告に対し建物を建築して完成する義務を負う。そして原被告のこれらの義務は、相互に対価関係に立っているから、その性質は有償雙務契約である。したがって本件契約には特約のない限り、請負の規定を適用すべきである。

原告は、昭和四二年九月分からの掛金の支払いを遅滞したのであるから、被告主張の失権約款の適用により、昭和四三年二月末日の経過により、本件契約は、解除により消滅した。被告が建築給付をする前に契約が失効したのであるから、特別の事情のない限り、被告は原告に対し、原状回復として、原告の積立てた金四〇〇、〇〇〇円を返還する義務を負ったわけである。

二、そこで、被告主張の二回分の掛金二〇〇、〇〇〇円は、損害金として被告が収納し、残掛金については、満期たる昭和四七年六月二八日を返済時期とする特約の効力が問題となる。

本件契約の失権約款の定めは、原告の掛金債務の二ヵ月分の履行遅滞を理由として、遅滞の日から起算して六ヵ月経過により、契約が解除により終了するということである。債務者の履行遅滞を理由に契約が解除されたときは、履行遅滞による損害賠償責任は、填補賠償責任に転化するから債権者たる被告は原告に対し、本件契約解除により填補賠償請求権を取得したわけである。これによれば、被告が第一および第二回分の掛金を損害金として収納するという約定は、右填補賠償額の予定であると解される。前記当事者間に争いない契約内容、≪証拠省略≫によれば、被告は、本件契約において木造共同住宅五〇坪を積立金総額金四、五〇〇、〇〇〇円で建築給付の申込みをすることを予定していたものである。したがって、被告としては、本件契約の解除により、右建物の建築を代金四、五〇〇、〇〇〇円で請負うことにより得べかりし利益を失ったのであるから、これを填補賠償として原告に請求できる理であるところ、その賠償額を金二〇〇、〇〇〇円と予定したのである。この損害賠償の予定は、請負供給契約の目的物の価額の四四パーセント余りである。月掛式建築供給事業を目的とする営利会社である被告を一方の当事者とする契約としては、この程度の損害賠償の予定は、原告にとって著しく不利なものとか被告にとって暴利行為であるということはできない。このことは、原告が自己の都合により契約を解除する場合について見ても、同様な結果となる。すなわち、被告が建築を完成しない間は、原告は本件契約を解除できるが、その場合は原告は被告に対し損害を賠償しなければならない(民法第六四一条)。この損害には、被告が建築を完成したならば得られるであろう利益をも含むから、原告が建物の目的物の四・四パーセント余りの損害を賠償しなければならない結果となっても、取引上著しく原告に不利なこととはいえないからである。

次に残掛金、本件においては第三および第四回分の掛金二〇〇、〇〇〇円の返還期を満期である昭和四七年六月二八日としている特約の効力について考える。本件契約は、昭和四三年二月末日の経過により解除となったから、これから計算するとその返還期は四年四ヵ月先となり、画一的に事務を処理する必要があるという被告側の事情を考慮しても些か長期に過ぎる感がしないわけではない。しかしこれは、たまたま原告が僅か四回分の掛金をしてその後の掛金を中止してしまった結果生じたことであるから、返還期の遠いことのみを責めることはできない。確に本件のような請負供給契約において加入者が事情変更により掛金を中止して契約が解除された場合、掛金返還の時期も一律に満期としないで、余り長期にならないように解除の時期から何日後というように個々的に定めるのが加入者の保護という観点からは望ましく、立法論として考慮に値することと思われる。しかし、現段階においては、本件特約条項が原告にとって著しく苛酷なものと断定することはできない。

三、以上により、本件特約は公序良俗に違反せず、また信義則にもとるものでもないから有効である。したがって第一および第二回分の掛金については、原告は返還請求権を有せず、第三および第四回分の掛金については、その返還期は未到来である。

四、よって原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄)

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